おとなのがんでは、肺に転移がある、というと「もう助からないかも」と思われがちです。最近の治療の進歩で大腸癌の肺転移なんかはかなり治せるようになってきたようですが、それでも肺転移は厳しいのが現状です。
対して、小児がんの肺転移は「取れば治る」ことを良く経験します。
特に効果の高いのが肝芽腫です。また骨肉腫、ウイルムス腫瘍も効果が期待できます。私自身は他にユーイング肉腫、悪性神経鞘腫の肺転移治療の経験もあります。
よく「肺に転移したということは、既にがん細胞が全身を回っているということでは?」と聞かれます。答えはノーです。
転移というのは、元のがん(肝芽腫であれば肝臓、ウイルムスであれば腎臓、骨肉腫であれば骨)からこぼれ出たがん細胞が血液の中に入り、血管の中を流れていき、どこかの臓器に定着して起こります。
ここで重要なことは、ほとんど全ての臓器から出た血液は、いったん心臓に戻り、肺に流れ、そこから全身に流れていく、ということです。つまり、全身に流れる前に必ず一度肺を通ります。これが重要です。というのは、肺の中では血管は木の枝のようにだんだん細く分かれていきます。ものすごく細い血管になると、流れてきたがん細胞がそこで詰まり、定着して肺転移となります。
逆に考えると、ここで詰まってくれるので全身に撒かれる前に肺に留まってくれている、ということもできます。まず肺に定着してから全身へ、これをカスケード理論といいます。肺転移を切除して治す、ということの背景はこういうことなのです。
たくさんの肺転移がある場合でも、私は積極的に一つ一つ、切除しています。
この場合、たくさんの病巣を取ると肺が小さくなって呼吸困難になるのでは、と考える方も多いと思います。私の手術では、病巣(通常5mmとか1cmくらい)を含めてわずかな部分しか肺を取りません。直径5mmの病巣であれば周囲の肺組織を含めて全体で直径2cm程度です。ですので呼吸機能にはほとんど影響しません。いわゆる「肺葉切除」は原則的にしません。
以前に両肺の40個の病巣を切除したお子さんがいましたが、肺活量は正常と比べて90%あり、スポーツを含め、普通の生活ができています。
また、最近は内視鏡を使った手術が多く行われています。肺の手術でも胸腔鏡を使ったキズの小さな手術をしており、我々も良性の疾患に対しては積極的にやっています。
ところが肺転移の切除については考え方が違います。私が重要視しているのは手術中の触診(直接指で触って調べること)です。経験上、この触診でしか見つからない小さな転移巣があるのです。美容的にキズを小さくするために、触診が不可能な胸腔鏡で手術をして、小さな病巣を見落としていたのでは本末転倒です。
このことから、私は基本的に肺転移の手術は開胸手術を行っています。あくまでも救命するための手術です。美容は二の次、と考えるべきです。
手術は全身麻酔で行い、背中側を切る手術です。通常、手術後5日程度で普通の生活に戻れます。
さらに、最近我々は新しい方法で転移巣を見つけることを始めました。ICG螢光法といいます(注:これは原発が肝芽腫の場合にのみ使える方法です)
ICG(インドシアニングリーン)という緑色の色素(肝機能検査で普通に使われている薬)を手術前に注射し、開胸手術をします。
手術中にPDEという装置で赤外線を肺に当てると、転移した部分だけが光るのです。この光を見つけ出して切除します。
この方法のすごいところは、ものすごく小さな転移でも見つかるということです。今までの経験では、何と0.06mmの転移巣が見つかりました。
この方法を使うことで、今まで手術中に見つからなかった極小の転移巣まで見つけることができ、がんの「芽」の状態で摘み取ることが可能と考えています。既に何人かの患者さんに使用し、非常に有用だと思いました。
これからもこの方法を使っていきます。
2013年9月に香港で行われた国際小児がん学会(SIOP)で、私は今までの肝芽腫肺転移の治療成績と、上記のICG螢光法を発表しました。
反響は大きく、図らずも「ベストポスター賞」をいただいてしまいました。帰りの空港で受賞を知らされ、会場には行けずに残念でした。米国の肝芽腫のリーダー格の先生にもお褒めの言葉をいただきました。
肝芽腫の治療成績を良くするモチベーションがさらに上がりました!
2014年のカナダで行われたSIOPでも、さらに詳しい発表をしてきました。
最近、化学療法を強化して肺転移を消すという方法が、良好な生存率を達成しています。我々の、手術で取る方法と比べてどちらが良いのか、今後結果が出ることと思います。
今のところ、強化化学療法の欠点である副作用(半数近くに聴力障害が出る)の問題が未解決なことから、我々の手術をする方針に変更はありません。
手術による後遺症は、キズがつくことくらいで、呼吸機能に対する影響は重くありません。これは、こども(特に8歳以下)では、肺を切除してもその後に肺が部分的に再生するためです(下記論文)。このことはあまり知られていませんが、実感として正しいと考えています。
とにかく転移巣全てを手術で取ることが重要で、これで救命できるかどうかが決まります。もちろん化学療法で消去できればそれで良いですが、化学療法が効かない場合に、化学療法で消すことのみにこだわって化学療法を続けるのは得策ではありません。
できれば、肝切除をしたらすぐに肺の転移巣も手術で取ってしまうのがベストと考えています。化学療法が効かないような転移巣でも手術だけで直せる可能性が充分あります。これは他の腫瘍と違います。
最近では他の施設で「肺に転移があり、化学療法で消えないから緩和医療に移りましょう」と勧められ、どうしてもあきらめきれない親御さんから直接相談を受け、当院で手術をさせていただく患者さんが続いています。
私が肝芽腫の肺転移を積極的に手術で取るようになったのは2008年からです。以後、肝芽腫の肺多発転移に対して我々が転移を取る手術をした方は18名です。このうち11名が県外の方です。中には11回手術をされ、寛解に到った方もいます。現在、18名中、16名がご存命です。
また、肺転移を手術で取って肝移植を行った方も4名いらっしゃいます。
神奈川県立こども医療センターの近所には「りらのいえ」という御家族の宿泊施設があります。遠隔地からの患者さんの御家族は、ここを利用される方が多いようです。
入院期間は、片方の肺の場合約1週間です。両方だと2週間です。
これも転移巣の切除が必要ですが、肝芽腫と比べると化学療法の手助けが必要です。
つまり、化学療法が全く効かず、どんどん増えてくるような肺転移に対しては、手術で徹底的に取っても太刀打ちできないことがあります。
特に、肺以外の転移、例えば脳、他の骨などへの転移がある場合は、残念ながら肺転移巣切除の効果は低いです。
完全には消去できなくても、ある程度効く化学療法がある場合に、肺転移巣の切除をすると救命できることが期待できます。
我々は今までに、19名の方に肺転移巣手術を行ってきました。その結果、肺以外の転移・再発がない場合、ほとんどの方が肺転移巣手術で救命できています(未発表)。
したがって、肺以外の転移・再発がない場合は、積極的に肺転移巣の切除手術を行うべきだと考えています。
化学療法で転移巣が消えてしまうことが多いですが、残る場合に手術で取ります。
我々の経験では、ほとんどの方で、救命できています。
したがって、化学療法で消去できない肺転移巣に対しては、積極的に切除手術をすべきと考えています。
ユーイング肉腫
最近の海外の論文で、ユーイング肉腫の肺転移に対しても、積極的な切除手術が有効であることが報告されました(下記論文)。我々も、まだ少数ですが積極的に切除を行っています。
Phillip A. et al. Resection of pulmonary metastases in pediatric patients with Ewing sarcoma improves survival. Journal of Pediatric Surgery, 2011-02-01, Volume 46, Issue 2, Pages 332-335,
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